伊藤彰彦著「なぜ80年代映画は私たちを熱狂させたのか」出版記念
80年代映画特集 岡田裕とその時代 Films from the 80's
「80年代日本映画の混沌と多様性」(伊藤彰彦)
「なぜ80年代映画は私たちを熱狂させたのか」――それは岡田裕がいたからだ。80年代は「岡田裕とその時代」だった。岡田は日活出身のプロデューサー。日活は81年にスタッフをすべて契約社員にし、撮影所を放り出された岡田は同志のプロデューサーとともにNCP(ニュー・センチュリー・プロデューサーズ)を設立。森田芳光と『家族ゲーム』を、伊丹十三と『お葬式』を、渡辺晋と吉川晃司三部作を、フジテレビと『CHECKERS in TANTANたぬき』、『おニャン子・ザ・ムービー 危機イッパツ』を作る。今回の13本のラインナップには、岡田裕がプロデュースした角川映画(『復活の日』)、優作映画(『ヨコハマBJブルース』)、アイドル映画(『すかんぴんウォーク』)、内田裕也のインディペンデントフィルム(『コミック雑誌なんかいらない!』)、ロマン・ポルノ(『桃尻娘 ラブアタック』、『ダブルベッド』、『女猫』)、少女が主役の群像劇(『1999年の夏休み』『櫻の園』)といった雑多なジャンルの映画がひしめき合い、80年代映画の混沌と多様性を証し立てる。90年代以降の「製作委員会方式映画」がしだいに失ってゆく、80年代映画の冒険主義、能天気さ、多様性、映画への一途さが岡田裕製作の13本の映画にはぎっしり詰まっている。※
作品解説はすべて岡田裕さんのコメント。(伊藤彰彦さん取材・構成による)
「映画の匂い 時代の香り」岡田裕
映画という創作物には、その作られた時代の匂いがする。それは、ワンカットワンカットが一人の人間が作るのではなくて、百人あるいはそれ以上の大勢のスタッフが一画面を作ることに集中して、それぞれライトを当てたりメイクを直したりマイクを向けたりする人々の集中力によって作られているからではなかろうか。そのスタッフの一人一人はごく日常的な人々であり、それぞれが、朝、ご飯を食べ電車に乗って撮影所に入り黙々と自分の仕事をする。だから、スタッフ全体の日常の匂いが画面から感じられるのだ。その匂いは、映画が作られた場所によっても違う。私の働いていた東京調布日活撮影所の隣の大映撮影所の作品を観ていると、どこか自分たちの作るものと違う匂いをかぎ取れて、それがまた面白い。映画を観るというのは、役者の演技やストーリーを見ると同時に、その映画の匂いを嗅ぐということなのかもしれない。
岡田裕(おかだ ゆたか)略歴
映画プロデューサー。1938年、東京都生まれ。早稲田大学政経学部在学中に早大劇団自由舞台に参加。62年、大学卒業後、日活に助監督として入社。71年、日活がロマンポルノに路線変更したのを機にプロデューサーとなる。73年、一般映画『赤ちょうちん』(藤田敏八監督)をプロデュース。81年、独立してニュー・センチュリー・プロデューサーズ(NCP)を設立し、数々の作品を発表。84年に製作した『お葬式』(伊丹十三監督)で藤本賞受賞。89年、伊地智啓、佐々木史朗らとともにアルゴ・プロジェクトを設立。『櫻の園』(90年/中原俊監督)などの話題作を次々と発表したが、93年にアルゴ・ピクチャーズと改名し代表に就任。著書に「映画創造のビジネス」(筑摩書房)がある。
上映作品
妹
1974年/92分/日本/35mm/日活
◎監督:藤田敏八◎脚本:内田栄一◎撮影:萩原憲治◎照明:松下文雄◎録音:紅谷愃一◎美術:横尾嘉良◎音楽:木田高介
◎出演:秋吉久美子、林隆三、吉田由貴子、吉田日出子、伊丹十三、初井言栄、片桐夕子
村野武範、藤田弓子、ひし美ゆり子、藤原釜足
◆全編を通じて主人公の秋吉久美子の役が「幽霊」であるという、シナリオ(内田栄一)の隠し味が効いている。『赤ちょうちん』に次ぐ藤田敏八=秋吉主演の第二弾で、ポルノの客が来ない正月とお盆に一般映画を公開するという日活の興行はこの三部作から始まった。
桃尻娘 ラブアタック
1979年/91分/日本/35mm/にっかつ
◎監督:小原宏裕◎脚本:金子成人◎原作:橋本治◎撮影:安藤庄平◎照明:熊谷秀夫
◎録音:木村瑛二◎美術:林隆◎音楽:長戸大幸
◎出演:竹田かほり、亜湖、栗田洋子、高橋淳、信太且久、一谷伸江、吉原正皓、
小松方正、原悦子、佐々木梨里、相川圭子
◆東京代々木橋のラーメン屋で下駄履きの橋本治から原作をもらい、『桃尻娘 ピンクヒップガール』を映画化。これがヒットしシリーズ化された。ギトギトしたポルノ映画ではなくライトな感覚のポルノ大作で、竹田かほりと亜湖の女子高生コンビが何とも初々しい。
復活の日
1980年/156分/日本/DCP/角川春樹事務所=TBS
◎監督:深作欣二◎脚本:高田宏治、グレゴリー・ナップ、深作欣二◎原作:小松左京
◎撮影:木村大作◎照明:望月英樹◎録音:紅谷愃一◎美術:横尾嘉良
◎音楽:羽田健太郎
◎出演:草刈正雄、夏木勲、多岐川裕美、永島敏行、丘みつ子、中原早苗、森田健作
千葉真一、渡瀬恒彦、緒形拳、オリヴィア・ハッセー
◆一年間世界中を駆け回り、チリの軍事政権から潜水艦を借りた。超大作にしてはラストが弱く、原作の持っている欠陥を映画が乗り超えられなかった。けれど、40年前に新型コロナ禍を予言した恐るべきSF超大作で、海外では『Virus』の英題で知られている。
ヨコハマBJブルース
1981年/112分/日本/DCP/東映セントラルフィルム
◎監督:工藤栄一◎脚本:丸山昇一◎撮影:仙元誠三◎照明:渡辺三雄
◎録音:宗方弘好◎美術:今村力◎音楽:クリエーション
◎出演:松田優作、辺見マリ、蟹江敬三、田中浩二、山田辰夫、山西道広、鹿沼えり
岡本麗、吉川遊士、財津一郎、安岡力也
◆プロデューサーの黒澤満さんが、松田優作がとかく現場で揉めるので僕をお目付け役に呼んだ。幸い優作と工藤さんの相性も良く現場は和気藹々。アーティストとしての優作のトンがった才気と閃きが結実し、工藤栄一=松田優作版『ロング・グッドバイ』になった。
遠雷
1981年/135分/日本/35mm/にっかつ撮影所=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ATG
◎監督:根岸吉太郎◎脚本:荒井晴彦◎原作:立松和平◎撮影:安藤庄平
◎照明:加藤松作◎録音:飛田喜美雄◎美術:徳田博◎音楽:井上尭之
◎出演:永島敏行、ジョニー大倉、石田えり、横山リエ、原泉、七尾怜子、蟹江敬三、
根岸明美、森本レオ、鹿沼えり、江藤潤
◆ロマン・ポルノでのデビュー作以来、ずっとコンビを組んできた根岸の勝負作。栃木ロケに付き合って、夜明けの物干し台で、永島敏行と石田えりが「私の青い鳥」を歌うのを聴いて思わずほろりとしてしまった。あの時、なぜあんなに涙が出たのか、今もって分からない。
女猫
1983年/86分/日本/35mm/にっかつ
◎監督:山城新伍◎脚本:内藤誠、桂千穂◎撮影:前田米造◎照明:川島晴雄
◎録音:木村瑛二◎美術:菊川瑛江◎音楽:森本太郎
◎出演:早乙女愛、伊東幸子、岩城滉一、名和宏、水上功治、深江章喜、大塚良重
美露、せんだみつお、青木琴美、仁科まり子
◆早乙女愛が鮮烈で、山城新伍の演出がうまかった。五月みどりの熟女もの『ファイナル・スキャンダル 奥様はお固いのがお好き』と二本立てで大ヒットしたんだけど、二本とも製作は僕なんですね。『お固いのがお好き』は題名を付ける名人、佐々木志郎の傑作です。
ダブルベッド
1983年/102分/日本/35mm/にっかつ
◎監督:藤田敏八◎脚本:荒井晴彦◎原作:中山千夏◎撮影:安藤庄平◎照明:島田忠昭◎録音:福島信雅◎美術:佐谷晃能◎音楽:宇崎竜童
◎出演:大谷直子、石田えり、柄本明、岸部一徳、高橋ひとみ、緋多景子、石岡啓一郎、中村れい子、赤座美代子、鈴木清順、吉行和子
◆妻の大谷直子が友人の柄本明と寝たことを知った岸部一徳が柄本を呼び出す。修羅場になるかと思いきや、一徳がグラスのウィスキーを柄本にやる瀬なくぶっかけるだけ。パキさんは、こんなふうに社会から外れた者の物悲しさや凛々しさを描くのがうまかった。
すかんぴんウォーク
1984年/105分/日本/35mm/東宝
◎監督:大森一樹◎脚本:丸山昇一◎撮影:水野尾信正◎照明:三荻国明◎録音:伊藤晴康◎美術:金田克美◎音楽:宮川泰
◎出演:吉川晃司、山田辰夫、鹿取洋子、田中邦衛、蟹江敬三、平田満、原田芳雄、神山繁、白川和子、赤座美代子、宍戸錠
◆今見ても、19歳の吉川晃司の映画への夢と80年代の東京が煌めいている。渡辺晋さんや大森一樹、丸山昇一ら映画好きが毎晩集まり、ワイワイガヤガヤおしゃべりしながら作った。映画作りはこうありたいものだと思った。僕が作った中で最も幸せな映画じゃないかな。
お葬式
1984年/124分/日本/DCP/ATG
◎監督:伊丹十三◎脚本:伊丹十三◎撮影:前田米造◎照明:加藤松作◎録音:信岡実◎美術:徳田博◎音楽:湯浅譲二
◎出演:山崎努、宮本信子、菅井きん、大滝秀治、財津一郎、江戸屋猫八、奥村公延、友里千賀子、尾藤イサオ、岸部一徳、笠智衆
◆伊丹さんから送られてきた脚本を読んでげらげら笑った。「どう?映画になるかな?」と訊かれ、「なるよ」と僕。愛媛「一六タルト」社長の玉置さんに出資をお願いし、キャスティングも撮影も万事快調。18日間で撮了。映画が成功する時ってそんなものなのかも知れない。
コミック雑誌なんかいらない!
1986年/124分/日本/35mm/日活
◎監督:滝田洋二郎◎脚本:内田裕也、高木功◎撮影:志賀葉一◎照明:金沢正夫◎録音:杉崎喬◎美術:大澤稔◎音楽:大野克夫
◎出演:内田裕也、渡辺えり子、麻生祐未、原田芳雄、小松方正、殿山泰司、常田富士男、ビートたけし、スティービー原田、郷ひろみ、片岡鶴太郎
◆内田裕也が芸能レポーターを演じるドキュメンタリードラマ。85年夏は次々に事件が起きて、そのたびに撮り足し、予算が膨らみ、いつ撮影が終わるのかと頭を抱えた。最後に日航機墜落事故があり、山の奥まで取材に行くのは無理となって、やっと映画が終わった。
波光きらめく果て
1986年/128分/日本/35mm/松竹
◎監督:藤田敏八◎脚本:田村孟◎原作:高樹のぶ子◎撮影:鈴木達夫◎照明:水野研一◎録音:神保小四郎◎美術:木村威夫◎音楽:佐藤隆
◎出演:松坂慶子、渡瀬恒彦、大竹しのぶ、峰岸徹、奥田瑛二、野村昭子、荒井注、蜷川有紀、大滝秀治、加藤治子、三國連太郎
◆男に依存しない女を描かせたら右に出るものがいない高樹のぶ子の小説が好きだった。爽やかな高樹さんとフェリーに乗って九州のロケ現場に行った。松坂慶子、大竹しのぶ、渡瀬恒彦、奥田瑛二という豪華な配役陣の割に入らなかったが残念。映画というのは難しい。
1999年の夏休み
1988年/90分/日本/35mm/松竹
◎監督:金子修介◎脚本:岸田理生◎撮影:高間賢治◎照明:安河内央之◎録音:神保小四郎◎美術:山口修◎音楽:中村由利子
◎出演:宮島依里、大寶智子、中野みゆき、水原里絵
◆僕の日活での後輩のプロデューサー、成田尚哉がコミックに明るく、金子修介とともに萩尾望都の名作『トーマの心臓』を映画に翻案した。少女たちが少年役を演じるとてもポエティックな映画で、こういう作品が話題になり、もう少し入ると良いのにな……と当時、思った。
櫻の園
1990年/96分/日本/DCP/アルゴプロジェクト
◎監督:中原俊◎脚本:じんのひろあき◎原作:吉田秋生◎撮影:藤沢順一◎照明:金沢正夫◎録音:林大輔◎美術:稲垣尚夫◎音楽:熊本マリ
◎出演:中島ひろ子、つみきみほ、白島靖代、宮澤美保、梶原阿貴、三野輪有紀、三上祐一、橘ゆかり、上田耕一、岡本舞、南原宏治
◆プロデューサー6人がやりたい企画を持ち寄った「アルゴ・プロジェクト」の代表作。天才脚本家じんのひろあきが吉田秋生のコミックを見事なシナリオにした。女優陣が素晴らしく、作品の評判も良く、そこそこ当たって、その後3年間続くアルゴを支えてくれた。
トークイベント
10/26(土)15:00の回『妹』上映後
ゲスト:岡田裕さん(映画プロデューサー)、伊藤彰彦さん(映画史家、「なぜ80年代映画は私たちを熱狂させたのか」著者)
10/27(日)14:25の回『すかんぴんウォーク』上映後
ゲスト:岡田裕さん(映画プロデューサー)、伊藤彰彦さん(映画史家、「なぜ80年代映画は私たちを熱狂させたのか」著者)
11/3(日)14:45の回『櫻の園』上映後
ゲスト:梶原阿貴さん(『櫻の園』出演、脚本家)、伊藤彰彦さん(映画史家、「なぜ80年代映画は私たちを熱狂させたのか」著者)※諸事情により、中島ひろ子さんの登壇は取り止めとなりました。楽しみにしていただいた皆さまには申し訳ありません。
物販
「なぜ80年代映画は私たちを熱狂させたのか」(講談社)
著者:伊藤彰彦/定価:1,210円(税込)
シネ・ヌーヴォで販売予定
入場料金
当日券
一般1600円、シニア1300円、会員・学生1200円、ハンディキャップ・高校生以下1000円
回数券
一般3回券4200円、シニア3回券3600円、会員・学生3回券3300円
※3回券は複数人数での使用不可 ※会員3回券は本人のみ(同伴者1名まで1本1200円)
※ご鑑賞の7日前から窓口とオンラインでチケットのご購入が可能です。ご鑑賞当日はオンライン予約の方は専用窓口で発券、当日券の方は窓口で指定席をお選びの上、開始時間の10〜15分前からご入場いただきます。
<全席指定席>となります。満席の際はご入場出来ませんので、ご了承下さい。
オンラインチケットはこちら