映画批評月間 フランス映画の現在をめぐってvol.5
アルノー・デプレシャンとともに
日本でなかなか見られないフランスの最新作、あるいは隠れた名作を紹介する特集「映画批評月間 フランス映画の現在をめぐって」。第5回目となる今回は、90年代から現在までフランス映画を牽引してきたアルノー・デプレシャン監督とともにお送りします。最新作『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』日本公開(全国順次公開中)を記念し、監督デビュー作『二十歳の死』から近作まで9本を一挙上映します。そのほか、カンヌをはじめとした国際映画祭や批評家たちから高く評価された最新のフランス映画も上映。作家性、アート性に満ち、作り手と観客の批評性を刺激する映画たちを、スクリーンで観られる貴重な機会です。ぜひじっくりお楽しみください!
★監督プロフィール
アルノー・デプレシャン Arnaud Desplechin
◆1960年10月31日、ベルギー人の両親のもと、フランス北部の町ルーペに生まれる。84年、イデック(IDHEC/パリ高等映画学院ー現FEMIS)を卒業。91年に短編『二十歳の死』を発表。映画ファンの熱狂的な支持を受けるとともに、ジャン・ヴィゴ賞を受賞。92年に初長編『魂を救え!』をカンヌ国際映画祭正式出品。96年の『そして僕は恋をする』で評価を不動のものとした。その後の作品に、イギリス演劇界を舞台に初めて英語で撮影した『エスター・カーン めざめの時』(2000)、ルイ・デリュック賞を受賞した傑作『キングス&クイーン』、日本でも大ヒットした『クリスマス・ストーリー』(2008)、『そして僕は恋をする』の続編とも言える『あの頃エッフェル塔の下で』(2015)など、映画的興奮に満ちた作品を生み続けている。
最新作『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』(2022)が現在日本で全国順次公開中。
アルノー・デプレシャン監督作品 Films d’Arnaud Desplechin
*全作品日本語字幕付。「 」は監督の言葉の引用
上映作品
二十歳の死 La Vie des morts
1991年/フランス/52分 カンヌ国際映画祭〈批評家週間〉出品
出演:マリアンヌ・ドニクール、エマニュエル・サランジェ、エマニュエル・ドゥヴォス、ティボー・ド・モンタンベール
◆フランス北部のある家で20歳のパトリックが散弾銃で自殺を図った。昏睡状態が続くなか、知らせを聞いた親戚一同が集まってくる。デプレシャンはこの監督デビュー作で、パトリス・シェローの門下生など若手新人俳優たちを大挙起用、驚くべき演出力によって窮地に追い詰められた一族の推移を濃密に描き、熱狂的に迎えられ、期待すべき若手監督に贈られるジャン・ヴィゴ賞を受賞した。「この時期たくさん西部劇を見て考えていたのは、共同体が形成される時に必ずその影には多くの人間の死があるということだ。このテーマをまずは家族のスケールで描いてみた。登場人物たちひとり一人にそれぞれの軌跡があり、自分の秘密の隠れ家を持っている」
魂を救え! La Sentinelle
1992年/フランス/146分 カンヌ映画祭〈コンペティション部門〉正式出品
出演:エマニュエル・サランジェ、エマニュエル・ドゥヴォス、マリアンヌ・ドニクール、ジャン=ルイ・リシャール
◆1991年。外交官だった父を亡くしたマチアスは、ドイツからフランスへと向かう列車内で突然身柄を拘束される。その後解放されてパリに着くと、マチアスのスーツケースの中には見知らぬ人の頭部が……。法医学の研究医である彼はこの頭部を分析し始めるが、そこには大きな政治的陰謀が隠されていた。初の長編作品は、敬愛するジャン・ル・カレにならった”スパイもの“である同時に、青春群像劇、クローネンバーグ風ホラーと様々なジャンルが織り交ぜられた意欲作。「マチアスがずっと大切に持ち歩き続けるあの頭部は、ヨーロッパの死、ロシアの死、科学の死、様々なメタファーであると同時に具体的な何かに、ひとりの人間に再びなっていく」
そして僕は恋をする Comment je me suis disputé... (ma vie sexuelle)
1996年/フランス/180分 カンヌ映画祭〈コンペティション部門〉正式出品
出演:マチュー・アマルリック、エマニュエル・ドゥヴォス、エマニュエル・サランジェ、マリアンヌ・ドニクール
◆パリ6区サンジェルマン・デ・プレ界隈を舞台に29歳の大学講師ポールと彼をめぐる3人の女性の恋のゆくえがユーモラスに、そして切実に描かれていく。フランス映画史に残るあらたな“恋愛映画の傑作”と評され、世界にもデプレシャンの名前を知らしめた作品。本作によってヌーヴェルヴァーグに続く“あらたな波”あるいは“デプレシャン系”という言葉が生まれ、映画界を席巻していく。「ポールとは誰だ、と考えていたときに、マチューに出会い、ポールは女性たちなんだ、と気がついた。ポールという登場人物はたくさんの欠点を持っているかもしれないけど、彼の大いなる美点は周囲の人たちを感嘆とともに眺め、愛でることができるところだ」
エスター・カーン めざめの時 Esther Kahn
2000年/フランス=イギリス/148分 カンヌ映画祭〈コンペティション部門〉正式出品
出演:サマー・フェニックス、イアン・ホルム、ファブリス・デプレシャン、エマニュエル・ドゥヴォス
◆1891年、ロンドン、イーストエンドのユダヤ人街で生まれ育ったエスターは、内向的な性格で他人はおろか家族の者とさえ満足なコミュニケーションがとれない。そんな彼女がある日、初めて観た芝居に触発され、ひそかに女優になることを決意する。故リヴァー・フェニックス、そしてホアキン・フェニックスの妹サマー・フェニックス演じるヒロインは、激しさと繊細さを併せ持ち、デプレシャンが敬愛するトリュフォーの『恋のエチュード』のふたりの姉妹を思い起こさせる。音楽は重鎮ハワード・ショア。「本作は、15年以上前に読んだアーサー・シモンズの短編小説の映画化だ。脚色を始めたとき、僕たちは一本の映画『野生の少年』に導かれた」
キングス&クイーン Rois et Reine
2004年/フランス/153分 ヴェネチア映画祭正式出品
出演:エマニュエル・ドゥヴォス、マチュー・アマルリック、カトリーヌ・ドヌーヴ、モーリス・ガレル
◆一方には光輝く「クイーン」のようなノラが、もう一方には、落ちぶれた「キング」イスマエルがいる。ノラは結婚を前に、父が突然倒れ、過去の記憶や亡霊たちに囲まれていく。イスマエルは精神病院に強制収容されるも、そこで「休暇」を過ごすことに。かつて恋人同士だったふたりの人生がしだいに交錯していく。エマニュエル・ドゥヴォス、マチュー・アマルリックはこれまで以上に素晴らしい演技を見せ、アマルリックはセザール賞最優秀主演男優賞を受賞。「シナリオを書くうえで取り決めていた言葉、それは“激しくあれ”ということだった。メランコリーとか、慎ましいユーモアなんかクソ喰らえ!僕らの望みは激しく悲劇的に、激しく喜劇的に、ということだった」
愛されたひと L’Aimée
2007年/フランス/66分
出演:ロベール・デプレシャン、アルノー・デプレシャン、ファブリス・デプレシャンル
◆家が売却されるのを知り、デプレシャンは故郷ルーベの家に戻り、幼少期について、結核で亡くなった母テレーズとのつながりについて、そしてデプレシャン家にまつわる家族関係について父に尋ねていく。ドキュメンタリーながらヒッチコックの『めまい』へのオマージュも感じられる本作には、デプレシャンの他の作品群(『二十歳の死』『エスター・カーン』とりわけ本作と同時に制作されていた『クリスマス・ストーリー』)を読み解くための鍵を見出すことができる。「私たちは自分が愛したと思っている人を知っているだろうか?もちろん無知で不器用な私たちは正しく認識できずにいる。しかし愛されたその人は私たちを知っている。それこそが愛の秘密だ」
クリスマス・ストーリー Un conte de Noël
2008年/フランス/150分 カンヌ映画祭〈コンペティション部門〉正式出品
出演:マチュー・アマルリック、カトリーヌ・ドヌーヴ、アンヌ・コンシニ、メルヴィル・プポー、キアラ・マストロヤンニ
◆フランス北部の街ルーベ。ヴュイヤール家は母ジュノンの病気をきっかけに、疎遠になっていた子供たちがクリスマスを過ごすために家に集う。しかし絶縁されていた”役立たず“の次男の登場で、久しぶりの家族の再会に波風が立ち始め、誰もが抱いている不安や寂しさ、秘密めいた想いが顔をだすことに……。ヴュイヤール家、姉妹の関係など最新作へと繫がるモチーフを持つ。「クリスマスには魔法がかかる。退屈でつまらない街も、ただ雪で包むだけで、まるでおとぎ話の幻想的な街に変わるのだ。それは映画の魔法でもある。そこでそれぞれの登場人物は、ミュージック・ホールのようにそれぞれが自分に適したナンバーを弾いている」
ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して Jimmy P. (Psychothérapie d’un Indien des Plaines)
2013年/フランス/117分 カンヌ映画祭〈コンペティション部門〉正式出品
出演:ベニチオ・デル・トロ、マチュー・アマルリック、ジーナ・マッキー、ミスティ・アッパム
◆1948年、アメリカはモンタナ州に暮らすアメリカ・インディアンのジミーは、第2次世界大戦からの帰還後、原因不明のさまざまな症状に悩まされ、カンザス州の軍病院に入院する。そこでフランス人の精神分析医で人類学者のジョルジュと出会う。ジョルジュとの対話を重ねるうちに、ジミーは自らの心に宿る闇に触れることになる。「この映画のテーマは確かにアイデンティティであるが、同時に“亡命”でもある。ここにはふたつのレベルの亡命がある。ジミーはネイティブ・アメリカンとして亡命者であり、ジョルジュはユダヤ系ヨーロッパ人として亡命者である。彼らは治療に共に取り組み、そしておのずと友だちになっていく」
いつわり Tromperie
2021年/フランス/103分 カンヌ映画祭〈コンペティション部門〉正式出品
出演:レア・セドゥ、ドゥニ・ポダリデス、アヌーク・グランベール、エマニュエル・ドゥヴォス
◆1987年、ロンドン。フィリップは英国に亡命している有名なアメリカ人作家。彼の愛人は定期的に彼のオフィスに会いに来る。そこでふたりは愛し合い、議論し、逢瀬を重ねながら、女性たちについて、性について、反ユダヤ主義、文学について、そして自分自身に忠実であることについて語り合う…。原作はデプレシャンが敬愛する現代アメリカ文学の巨匠フィリップ・ロスの代表的小説『いつわり』。場所も人物も特定できず、映画化不可能とされていたこの原作からデプレシャンは優雅で心張り裂ける親密なる作品を生み出した。「本作はレアの完全なる自己投入に追うところが大きい。彼女は演じた役で自分自身について語っている」
批評家たちオススメの最新フランス映画
Sélection des films préférés de la critique
フランス社会の多様性とその問題を独特な筆致で描いた『パリ18区、グット・ドール街』、現代を生きる若者や女性の姿を繊細かつ生き生きと描いた『揺れるとき』や『フルタイム』、ジャンルを横断し魅了させてくれるルイ・ガレル監督・主演の犯罪ラブコメディ『イノセント』、そして現在、フランス映画で引っ張りだこの人気俳優ヴィルジニー・エフィラとブノワ・マジメルが共演する俊英アリス・ウィンクールの最新作『パリの記憶』と、第一線で活躍する仏批評家たちオススメの日本未公開5本をお届けします!
フルタイム A plein temps d’Eric Gravel
2022年/フランス/87分 ヴェネティア映画祭〈オリゾンティ部門〉監督賞・最優秀女優賞受賞
監督:エリック・グラヴェル 出演:ロール・カラミー、アンヌ・スアレス、ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ
◆夫と離婚したジュリーは田舎町での二人の子供の育児とパリの高級ホテルでのハウスキーパーの仕事に奔走している。希望していた職種の面接の日にストで公共交通機関が麻痺、ギリギリのバランスで成り立っていたジュリーの生活がぐらつき始める。ジュリーは状況を打開するために、すべてを失うリスクを冒して全速力で走り回る。「社会派映画?もちろんそうだ。だがそれだけではない。またしても驚くべきロール・カラミーが登場する、見事に構成されたステキな映画だ」(ジャン=バティスト・モラン「レザンロキュプティーブル」)
パリ18区 グット・ドール街 Goutte d’or de Clémence Cogitore
2021年/フランス/98分 カンヌ映画祭〈批評家週間〉出品
監督:クレモン・コジトール 出演:カリム・ルクルー、ジャワド・ウトゥイア、エリエス・ドヒシ
◆再開発の進む郊外に近いパリ18区グット・ドール(黄金のしずく)街。決して治安が良いとは言えないこの地区で、それぞれ異なる文化を持つ住民たちが暮らしている。インチキ降霊術を営む35歳のラムセスは古くからの住民たちからは問題視されながらも稼業を上手く行っていた。しかしタンジールからやってきた子供たちの存在がそのバランスを崩していく。映画と現代アートの間で創作を続ける俊英クレモン・コジトールの新作。シネフィルで有名なカトリーヌ・ドヌーヴにも絶賛された作品。「コジトールは現実の根底にある幻想的な世界の痕跡を探し求める」(オリビア・クーペー=ハジアン「カイエ・デュ・シネマ」)
イノセント L’Innocent de Louis Garrel
2022年/フランス/100分 カンヌ映画祭〈コンペティション外〉正式出品
監督:ルイ・ガレル 出演:ルイ・ガレル、ロシュディ・ゼム、ノエミ・メルラン、アヌーク・グランベール
◆60歳の母シルヴィが服役中の男と結婚しようとしていることを知ったアベルはパニックになる。親友のクレマンスの助けを借りて、母を守るために男を追い始める。しかしその新しい継父ミシェルとの出会いはアベルを変えていくことに…。人気俳優であるとともに監督としても着々と力を付けてきているルイ・ガレルの監督長編4作目。批評的に広く絶賛されるとともに、本国で大ヒットした作品。「ペーソス溢れる家族ドラマは、やがて60年代のイタリアン・コメディを思わせる、とても滑稽な犯罪コメディへと変貌を遂げる」(ジャン=マルク・ラランヌ「レザンロキュプティーブル」)
揺れるとき Petite nature de Samuel Theis
2021年/フランス/93分 カンヌ映画祭〈批評家週間〉出品
監督:サミュエル・セイス 出演:アリオシャ・ライナート、アントワン・ライナルツ、メリッサ・オレクサ、イジア・イジュラン
◆10歳の少年ジョニーは東フランスの貧しい地域で、シングルマザーの母と二人の兄妹と共に暮らしていた。敏感で賢いジョニーは様々な物事に関心を持つが、ある日、都会から赴任してきた男性新任教師に心惹かれてゆく。本作はその才能に注目が集まる若手監督サミュエル・セイスの長編2作目。「ここで重要なのは、社会的羞恥心と萌芽的な欲望に共通するもの、つまり視線の強さーー自分自身に向けられると想像する視線、選ばれた対象に投影する視線ーーに指をかけることであることは間違いない」(シャルロット・ガルソン『カイエ・デュ・シネマ』)
パリの記憶 Revoir Paris d’Alice Winocour
2022年/フランス/105分 カンヌ映画祭〈監督週間〉出品
監督:アリス・ウィンクール 出演:ヴィルジニー・エフィラ、ブノワ・マジメル、グレゴワール・コラン
◆ミアはパリのとあるブラッスリー襲撃事件に巻き込まれてしまい、その後3ヶ月経っても以前の日常を取り戻せずにいた。平穏な日を過ごせるように、ミアは自分の記憶の中を探求していく。2016年にパリで起きた同時多発テロ事件を彷彿させるドラマが描かれる本作は『約束の宇宙(そら)』など様々なテーマに果敢に挑んでいる気鋭の若手女性監督アリス・ウィンクールの長編4作目。「これは小さな役までその声が響いてくる合唱のような映画であり、個人と集団の記憶、共有されたイメージと音、そして映画そのものについての作品である。」(アリアンヌ・アラール「ポジティブ」)
入場料金
当日券
■一般1,500円、シニア1,200円、学生・会員1,100円、クラブフランス会員1,000円
ほか各館通常割引あり/招待券使用不可
※ご鑑賞当日はオンライン予約の方は専用窓口で発券、当日券、前売券をお持ちの方は窓口で指定席をお選びの上、開始時間の10〜15分前からご入場いただきます。
満席の際はご入場出来ませんので、ご了承下さい。
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