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戦後80年の年末に、次回のシネ・ヌーヴォの特集を見て、ムムッと唸った。並んでいるのは、1960年から80年にかけての松竹映画なのだが、オレいま、こういうのが観たかったんだと思ったからだ。それは、今年観た映画では充たされない想いがあったからだ。イヤ、つまらない作品が多かったという意味ではない。一応、ベストテンに選んだ映画には、感心したものもあったし、労力にあったのだが、それらを含め、何か物足りない感じがしたのだ。一言でいえば、どれもが優しすぎるのだ。むろん、作り手は一所懸命に考え、苦労して仕上げたのだろうが、その世界が優しく閉じられているのだ。
かといって、社会的に物議をかもすような映画じゃなきゃダメというわけではない。今年の映画に感じたわたしの不満は、もっと単純なもので、要するに、活劇がないということなのだ。下手でもいいし、ハチャメチャでも構わない。スクリーン一杯に人がぶつかり合い、殺し合うような映画だ。1960年代の映画には、それがあった。松竹という映画会社は、活劇が得意というわけではないが、それでもこれだけある。大島渚の『太陽の墓場』は、活劇ではないが、そこに出てくる炎加世子の起居振舞いには、不穏な空気が横溢していた。やくざ映画に先鞭を付けた篠田正浩の『乾いた花』しかり。
その点で1960年は、加藤泰の『阿片大地・地獄部隊突撃せよ』に始まり、石井輝男の『日本ゼロ地帯・夜を狙え』、『大悪党作戦』、『神火101』と、活劇の当たり年だ。そのあとでも、わたしが観てないので、なおさら気をそそられるのが、長谷和夫『その口紅が憎い』や佐藤肇の『吸血鬼ゴケミドロ』などがある。当時、観ていなかったのは、東映の任侠やくざ映画が全盛期を迎えていたからだ。それにしても、ゴケミドロって、どんな怪獣なんだろう?気になる。この勢いは、1970年代になると衰えるが、それでもベテラン、野村芳太郎などは頑張っていた。往時を思えば血が騒ぐ。 |
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