vol.17 いま再び中島貞夫

 

 

記憶の底で、白い女体が影のように揺れている。1964年の東京オリンピックの数日前のことだ。場所は、新宿東映。それが、わたしが初めて観た中島貞夫監督の作品、『くの一忍法』だ。といって、監督の名前を知っていたわけではない。だいたい、これが中島監督の第1作だということも、だいぶ後になってわかったことで、その時、意識するはずもない。ならば、なんで観たのか? 山田風太郎の『甲賀忍法帖』に始まる忍法シリーズを愛読していたからだ。あの、荒唐無稽な話が、どんな映画になるのか、その興味で観たのだと思う。面白かった! 以来、観ていないので、是非観たいのだが・・・。


デビュー作で名前を覚えたので、当然『893愚連隊』は観る。思わず拍手! 仁侠映画全盛期に、格好付けようにもつけられないチンピラ愚連隊を生き生きと躍動させたところに中島貞夫の批判精神がある。それは、『懲役太郎まむしの兄弟』のラスト、殴り込む二人の背中の刺青が、雨で流される描写に端的に現れている。女は一人でも毅然と立つのに、男は組織に属さないと、いいように使い捨てられる。そんなチンピラの、意地と哀しさを、中島貞夫ほど的確に描いた人はいない。『鉄砲玉の美学』しかり『総長の首』しかり。川谷拓三がバスの中で切なく歌う『狂った野獣』を、もう一度観たい。


改めて言うまでもなく、中島作品は多様、多彩だ。『にっぽん’69セックス猟奇地帯』のようなドキュメンタリーもあれば、東南アジアを駆け巡る『東京=ソウル=バンコック実録麻薬地帯』のような映画もある。そんななかで、一見地味な『瀬降り物語』を是非見て貰いたい。山中を流れる川を下る男を軸に、定住しない民の姿を描いたこの作品を、わたしは好きなのだが、そんなことを、監督にお会いしたときに話したら、あれは、作るのに苦労したうえ、当たらなかったと苦笑いされた。だが、そこにも、中島監督の、この世界を既存の枠を超えて捉えようとする姿勢が息づいているのだ。

 
 

上野 昻志(批評家・映画評論家)

 
 
 
 
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