vol.24 瀬川昌治を見習え!

 

 

ここ何年か、日本映画で喜劇らしい喜劇を見たことがない。何故なのか? 喜劇を作るのが、悲劇を作るより難しいのはわかる。悲劇なら、『ロミオとジュリエット』ではないが、惹かれ合う2人を引き裂く状況さえ設定すれば出来るからだ。むろん、その設定には、それなりの工夫が必要だとしても。その点、喜劇は、基本になる型がない、というより型を崩すだけに難しい。そこで何より必要なのは、物事を批評的に突き放して見る姿勢だ。昨今の日本映画に喜劇がないのは、作り手に、そのような批評性が失われているからではないか。自分の想いを訴える物語を作ることだけに満足してしまって。


ところで、タイトルに記したのは、わたしの言葉ではない。東映で、『喜劇 急行列車』など、当時の国鉄とタイアップした「列車」シリーズをヒットさせた瀬川昌治に目をつけた松竹が彼を招いて作らせた、『喜劇 大安旅行』が大受けしたのを見た松竹の城戸四郎が、1969年年頭の訓示で発した言葉なのだ。あのうるさ型の城戸社長に、そう言わせるだけの力量を、瀬川昌治は示したのだ。以後、彼は、「旅行」シリーズ11本などを連打する一方で、『瀬戸はよいとこ 花嫁観光船』で、映画にも厳しい作家の金井美恵子に絶賛されるような傑作を作り、1978年に松竹を去るまで快進撃を続ける。


「列車」シリーズにせよ、「旅行」シリーズにせよ、瀬川監督は、あるシチュエーションを設定し、その中で人を動かし、ズレ=笑いを引き起こす。彼は、東大の野球部でレギュラーの外野手として活躍、六大学リーグ戦にも出場していたようだが、そういう運動神経も、演出に生きたのではないか。また、彼の兄・瀬川昌久は、『ジャズで踊って』という著書があるように、ジャズ批評家の草分けだが、そんなモダンなセンスは、弟にも通じていたと思う。シネ・ヌーヴォの、20本を連打する瀬川作品特集は、昨今の喜劇払底の映画界に活を入れると同時に、先行き不安な世相を笑いとばすのに絶好の企画である。

 
 

上野 昻志(批評家・映画評論家)

 
 
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