vol.25 ジャン・ルノワールに栄えあれ!

 

 

いままで観た映画の中で、ベストワンは、なんですか? と訊かれたら、わたしは躊躇なく、ジャン・ルノワールの『ゲームの規則』(1939年)と答えるだろう。むろん、世に優れた監督は数え切れないほどいるし、傑作と評される作品も数多あるが、ベストと言われたら、やはり、これなのだ。子どもの頃から映画を観てきて、その時々に、衝撃を受けたり、感動した映画は数々あるが、時間を経て振り返ったとき、もう一度、あの映画と対面し、その尋常ならざる展開に浸ってみたいと思うのは、『ゲームの規則』なのだ。映画を観ることの愉悦を、あれほど堪能させてくれた映画は他にない。


とはいえ、ルノワールの作品で、『ゲームの規則』だけが突出していたというわけではない。それ以前の、『牝犬』(1931年)で、日曜画家のミシェル・シモンが、偶然の出会いから愛した女を殺す場面にしても、『素晴らしき放浪者』(1932年)の彼が川に流されていく場面にしても、あるいは、川が主題を占める『ピクニック』(1936年)での、ブランコに乗る女が窓から飛び込んでくるかのようなショットにしても、『獣人』(1938年)のジャン・ギャバンが運転する汽車の疾走ぶりにしても、観ているこちらの身体に直に響いてくるような、繊細さと力強さに溢れているのだ。


そして、『ゲームの規則』では、まず、兎狩りのシーンが眼をうつ。あのリアルさ! 対して、登場人物たちが仮面をつけて集う会では、誰が誰とも見分けのつかぬ行き来のうちに、悲劇が起こり、それぞれの人間性が露わになる。一言では評し得ないこの傑作は、しかし、封切り当時は惨敗したという。それが成功を果たすのは、1965年のことだったというから、四半世紀を経て、時代が映画に追いついたのだ。今回、シネ・ヌーヴォで上映される他の2作は、いずれも最後期の作品だが、『捕えられた伍長』は、支配権力からの脱出を試みる男の物語だから、この現代に相応しい映画だと思う。 

 
 

上野 昻志(批評家・映画評論家)

 
 
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